【モラハラ】洗脳し、自分を嫌いにさせる精神的虐待
早山さくらです。
モラハラとは、単なる価値観の違いではありません。
NOと言えない支配関係の中で、一方的なルールを強いられ続けることです。
この段階でも、既に、苦しいモラル・ハラスメント。
でも、残念ながら、この段階は、まだモラハラの序盤と言えるでしょう。
深刻化すれば、どうなってしまうのでしょう?
そして、そもそも、なぜ、NOと言えなくなってしまうのでしょう?
1,家庭内モラハラってどういう意味?なにされるの?どうして大事な子供や夫や妻に、そんなことするの?
モラハラとは、洗脳による支配
この記事は、こちらの続きになります。
不機嫌や生活制限による洗脳
モラハラ加害者は、自分の思い通りに物事がすすまない(すすめたい)時、睨みつけたり、無言になったりと、プレッシャーをかけてきます。
落胆や悲しみを、見せつける作戦に出る時もあるでしょう。
とにかく、不機嫌をまきちらしたり、良心や道徳心に訴えることで、被害者に圧をかけてきます。
また、お金を渡さないで困らせたり、被害者の大事にしている人や価値観を否定したり、壊そうとしたりもします。
受け手の被害者は戸惑いますよね。
戸惑いながら、「あなたのしていることは、おかしい!」と戦える、そして、その境遇に耐えずに離れられる人は、モラハラの被害者とは、なり得ないでしょう。
けれど、多くの人が、加害者のその言動に、戸惑いながら、結局は、受け入れてしまうのですね。というよりも、受け入れざるを得ない境遇にある、というほうが、適切でしょう。
そして、なるべく、加害者を刺激しないように、不機嫌にさせないように、気を使うようになっていきます。
上手に立ち回らないと、加害者は更に不機嫌になりますから、加害者の一挙手一投足に、どんどん敏感になっていきます。
これは、まもなく、恐怖心に変わっていきます。
従うしかない、と思いこまされていくのです。
ここで、考えるほどに、迷いが生まれて不安になりますから、あえて、思考停止するでしょう。
NOとは、言えなくなります。
ダブルバインド(二重拘束)による洗脳
もうひとつ、ダブルバインドによる洗脳があります。
こちらは、恐怖よりも、もっと高度なやり方と言えるかもしれません。
なぜなら、ダブルバインドとは、被害者が、そうされていると気づきづらい洗脳なのです。
これは、Aというメッセージをおくりながら、同時に、もうひとつBというメッセージをおくること。
口では褒めているけど、態度は怒っている。
口では、自由にしていいと言いながら、態度では、言うことを聞け、というメッセージを送る、などです。
これをされると、受け手は、結局、どうしたらいいのかわからず、混乱してしまいます。
例をあげます。
・旦那が、親友に会いに出かける妻に、「楽しんできな。」と言ったあとに、「でもさ、付き合う友達のレベル、もう少し考えるべきだと思うよ。」と、付け加える。
こんな風に言われたら、親友を悪く言われた気がして、楽しめなくなってしまいますよね。
・妻が旦那に、「あなたの転職を応援する!でも、家族には迷惑をかけないでね。」と言う。
妻は表向きは応援していると言っています。自分も転職は不安なところに、迷惑はかけるなと言われれば、勇気が潰されてしまいますよね。結局、夫は転職を踏みとどまるかもしれません。
・姑が、子育てをしている嫁に、「やはり、あなたは、母親としては、アレよね。あ、よく頑張っているから偉いと思ってるわ。」と、冗談ぽく言う。
これ、頑張りは褒めてくれているけど、しょせん、あなたには、ムリなのよね、と、育児能力についての全否定ですよね。
・年老いた親に、「自分が我慢するよ。お前は好きに生きなさい。」なんて言われれば、自分が人生を謳歌することは、親を苦しめることだと思い、遠慮してしまいますよね。
家族によるダブルバインド。
大きなポイントは、表向きは、愛情があるように見えること。
相手が、誰よりも自分を愛してほしい人であるということ。
その相手に、「あなたのことを思ってるからこそ」「あなたのことをよく知っているからこそ」というスタンスで、否定されるからこそ、信憑性がありすぎる。だからこそ、心に深い傷がつくのです。
そして、愛している人、愛してくれている人を、満足させられない自分に、不甲斐なさを感じてしまう。
劣等感、自己否定感、罪悪感が植え付けられていくのです。
自分を嫌いにさせる精神的虐待
被害者は、罪悪感を植え付けられ、自分を加害者と思い込む
罪悪感とは、加害者意識のこと。
つまり、被害者のはずが、加害者に仕立て上げられていくというカラクリです。
愛しい人に、迷惑をかけている自分が、イヤになっていく。
自分を嫌いになってしまうのですよね。
罪の意識から、償うような気持ちで、必死に、相手に、尽くしてしまうようになる。
自分の力を認めてほしい、褒めてほしい、という気持ちと両輪で、頑張ってしまう。
認めてほしいと渇望する思いは、そのまま相手への愛情のようにも、感じてくる。執着が強くなっていく。
こうなれば、もともとは、どんなに、英断をできる人であっても、正確な判断が、できなくなっていきます。
真のモラハラ加害者は被害者の努力を認めない
では、加害者意識を植え付けられ、必死に償おう、相手を喜ばせようとする真の被害者に対し、真の加害者はどんな態度にでるでしょう?
彼らは、決して、「あなたは本当に素晴らしいよ」なんて、褒めてくれることは、ありません。
もしくは、ほんの時折は、褒めてくれかもしれませんが、それは、「もう十分だよ」ではありません。
「その調子で、これからも、頑張れ」というスタンスなんですね。
それは、優しさに見えてしまう。それが、異様に嬉しくて、もっと頑張るためのまき餌となってしまいます。
よって、さらにさらに、努力をしてしまうことになる。
モラハラとは、魂の殺人
でも、結局の所、その努力が報われることはありません。
頑張るほどに、否定されて落胆し、そのたびに、さらに、自分を嫌いになる。
蟻地獄にはまっていることに気づかないまま、もがき続ける。生命力が吸い取られる。
疲れ切ってしまう。すっかり自分を失くしてしまう。
最後には、エネルギーが枯渇してしまう。
魂が死んでいく・・
苦しすぎて、最悪のときには、自死を選んでしまう。
つまり、モラル・ハラスメントとは、洗脳、支配を使って、自分を嫌いにさせる。生命力を奪う。
陰湿ないじめ。精神的虐待です。
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